硫黄芝バイオマットの硫黄生態代謝と同位体組成

Metabolism and isotopic compositions of sulfur biomat

溝田 智俊

Chitoshi Mizota

岩手大・農

受け入れ教官:日下部 実


 硫黄芝バイオマットは,硫化水素を含む温泉流水に発達する硫黄酸化細菌からなる微生物集合体である.このうちA型のバイオマットは,水温は摂氏45度ぐらいから73度という高温の,pH6から8のほぼ中性の温泉水中に発達する.主構成細菌は湾曲した大型の細菌であるが,まだ記載されていない.このバイオマットは温泉水に含まれる溶存硫化水素を酸化し,単体イオウ・チオ硫酸を経て,硫酸にする.しかし,溶存硫化水素の構成細菌による利用性と代謝,溶存硫化水素とバイオマットに付着する単体イオウ粒との関連性などは必ずしも明かでない.また,温泉水に含まれる溶存硫化水素の起源も興味ある点である.ここでは硫黄芝バイオマットのほか,微生物がイオウの酸化過程に関与していると推察される松尾-五色沼の場合も含めて,溶存硫化水素と硫酸イオン,流水中に沈澱している単体イオウ,バイオマットに付着する単体イオウ粒子,菌体中の同化イオウについて,その同位体組成を測定した.

 その結果,以下のような諸点が明かとなった.
1.A型の硫黄芝バイオマットの菌体タンパク質と溶存硫化水素の同位体組成はほぼ等しいかやや重く,バイオマット構成細菌は溶存硫化水素を体内に取り込んで同化し,菌体タンパク質に変換すると考えられる.
2.硫黄芝バイオマットに付着する単体イオウの同位体組成は,溶存硫化水素と同じかわずかに重い事から,その起源はおそらく温泉水中の溶存硫化水素であろう.
3.溶存硫酸イオンは,菌体タンパク質の同化イオウに較べて著しく重く,硫黄芝バイオマットによって利用されていないと考えられる.
4.中の湯温泉の場合,鶴の湯温泉などの場合に較べて溶存硫化水素はそれほど軽くないにもかかわらず,硫酸イオンは非常に軽く,特異的であった.
5.鶴の湯温泉の源泉(2号泉)の木製の覆いの裏面に付着した単体イオウは,隣接の沢で採取したイオウ沈澱物に較べて非常に軽く,その生成には微生物による特異な酸化反応の関与が推察される.
6.湯葦沼と隣接する松尾-五色沼の溶存硫酸イオンの硫黄同位体組成はほぼ同じで,その起源は同一と考えられる.
7.蟹場温泉と湯葦沼の溶存硫化物は非常に軽く,その起源はマグマではなく,有機質の基盤堆積物であろう.
8.松尾五色沼の岸辺に沈澱した単体イオウと湯葦沼の溶存硫化物,さらに湯葦沼の流路に沈澱した単体イオウとでは同位体組成にほとんど差がない.このことから夏に松尾-五色沼を青白くさせる分散態単体イオウは,沼底から湧出した溶存硫化物が無機化学的に酸化された結果できたものと推察される.

 以上のように,硫黄同位体組成の測定は,硫黄芝バイオマットをはじめ松尾-五色沼の色調変化過程に関与する微生物の生態学的硫黄代謝に関してきわめて重要な多くの情報を提供し,有意義であった.


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Institute for Study of the Earth's Interior