地球内部を“見る”

地球は気圏、水圏、地圏から成り立っているが、地圏(固体地球)研究者が共通にこぼす愚痴がある。曰く「空は見通せるが、地下は見えない。」深い穴も掘られているが、莫大な費用と歳月をかけてやっと12kmぐらいである(ロシアのコラ半島)。固体地球の半径6370kmと比べると引っかき傷程度である。

 可視光では見えなくても、地震波で地球内部を“見る”ことができる。地震波は地震で励起される弾性波である。地震波で地球内部構造を調べることは、超音波エコー装置で胎児を診察するのと原理的に同じである。最近は地震波トモグラフィーという手法で地球内部の地震波速度分布の三次元構造も明らかにされてきている。これは医学用X線断層写真にヒントを得て始められたといわれている(原理は多少異なるが目的は同じ)。

固体地球は中心から核、マントル、地殻の三層構造からなりたっており、それぞれは内核と外核、下部マントルと上部マントル、下部地殻と上部地殻に別けられている。層構造(地震学的不連続面)の存在だけだなく、各層の密度も深さの関数として精度よく決められている。そうすると万有引力の法則を適用すれば固体地球内部の圧力が計算できる(学部学生の演習問題)。表1は深さと圧力の対照表である。中心の圧力は360 GPaに及び、地球深部の物質科学的研究において超高圧条件が必須であることが理解できよう。

固体地球研究センターは鳥取県三朝町に所在している、教官数15名の小さな研究所である。当研究センターには“超高圧グループ”と呼ばれるグループがあり、地球深部の物質科学的研究をおこなっている。超高圧発生には、大きくわけて三つの方法(装置)がある。マルチアンビル、ダイヤモンドアンビル、衝撃圧縮実験で、当センターではマルチアンビル装置(写真1)とダイヤモンドアンビル装置が稼動している。

岡山大学の近くにSPring8放射光実験施設がある。当センターも含めた日本の超高圧地球科学グループが協力してSPring8内にマルチアンビル装置(SPEED1500)を建設した。SPring8の超強力X線は容易にマルチアンビル装置を貫通するので、実験室で再現した“地球深部”が“見える”ようになった。SPring8のおかげで新しい超高圧地球科学の研究が可能になったが、一方で超高圧地球科学の古い問題が蒸し返されることにもなった。

まずSPring8を利用した新しい研究テーマを幾つか紹介すると、

@     焼結ダイヤモンドアンビルによる100GPa圧力発生と下部マントルの実験的研究。マルチアンビル装置内部の発生圧力をモニターするためには放射光X線が必須である。

A    マントル鉱物の相境界の精密決定。この研究を積み上げることにより、地球内部(特にマントル)の温度が決定できる。

B     高圧X線ラジオグラフィ。原理はレントゲン写真と同じで,高温高圧下の試料の形状や組成変化によるコントラストを放射光X線でモニターする。

さて、SPring8が提議した古い問題とは圧力スケールである。1997年のSPring8立ち上げ直後、愛媛大学グループがスピネル‐ペロブスカイト転移圧を21GPaと報告した。地震学で確立している670km不連続面の圧力は23.8GPaだから670km不連続面の成因は上記の相転移ではないことになる。この食い違いは一時学会で話題になったが、現在では圧力スケールの不正確さによる“実験誤差”と考えられようになってきている。各種圧力スケール間の相互比較実験が行われ、既存の圧力スケールの不確かさが明らかになったからである。

圧力は力を面積で割れば実測できる。このような方法で圧力が決定できるのは高々8GPaまでである。それ以上の圧力では、高圧力をシールする部材に余計な力が必要となるため直接決定できないのである。現在の超高圧下の圧力スケールは標準物質(NaClAuMgOなど)の状態方程式(圧力−体積−温度の関係式)を、低圧側の実測データ、衝撃波実験データ及び理論的考察をもと推定したものである。

より高圧まで実験的に圧力を決めるためには、X線回折による標準物質の密度と(音速による)体積弾性率の同時測定を高精度で行えばよいことが分かっている。筆者は高圧下での音速測定法の精密化に取り組んでいて、この方法による圧力スケールの確立を目指している。

最後に固体地球研究センターについて少し紹介させていただく。当センターは全国共同利用機関として旅費・滞在費の補助制度があり宿泊所も安価(一泊700円)なので、学内の方々にも利用していただきたい。また前期後期大学院課程もあり、意欲的な学部学生の方には進学先として是非検討して欲しい。筆者の前任の名古屋大学大学院と比較しても、研究に集中できる点をはじめとして、@教官が実験室にいる時間が長い、A設備が充実している、B居室に余裕がある(1スパン2-3人)等のメリットがある。

 

深さ/km

圧力/GPa

400km不連続面

400

13.3

670km不連続面

670

23.8

核―マントル境界(CMB

2891

136

内核―外核境界(ICB

5150

329

地球中心

6371

364