トリディマイトの多形について(last updated 2019/04/26)

対応表

貫井・中沢Graetschalpha/betaremarks
PO-10L2-TD(PO5/10)alpha?常温相
MCL1-To常温相
MX-1L3-To常温相
-H6-To高温相 65~110 ºC MX-1出発
-H5-To高温相 110 ~ 150 ºC MX-1出発
OPH4-To高温相 110~150 ºC
OSH3-To高温相 150~190 ºC
OCH2-To高温相 190~380 ºC
HPH1-Tobeta高温相 > ~380 ºC

トリディマイト多形について

  • トリディマイト(tridymite)はSiO2の常圧高温安定相の1つであるが、多くの多形が知られている。この多形は、基本構造はトリディマイトの高温相HPをベースにして、そこから原子位置が少しずれて生じるものです。高温相HPでは酸素位置が統計分布していて、それが温度の低下で凍結されていく過程を転移は見ていると考えられてます。トリディマイトについて最近研究しているが、多形が多いことで初期にかなり混乱があったこと、かつ命名法の違いがあり、特に古い論文を読む時に分かりづらいところがあるので、以下に備忘録としてまとめた。最近勉強を始めたところなので、もし間違いがあったらご指摘ください。
  • 現在、多形の記述に最もよく使われている命名法(nomenclature)は、貫井・中沢 (1980)であるので、今後もこの名前に統一した方がいいと思う。Heaney(1994)のSiO2低圧相のレビューでもこの命名法が使われている。Graetsch(1998)は別の命名法を使っており、2つの対応を上に表で示しておく。貫井・中沢 (1980)の場合は、PO-n, MX-1を除くと、多形は2文字で表され、最初の文字が晶系(単斜晶系ならM, 直方晶系ならO)を、2文字目が格子のタイプ(C: 底面心格子、P: 基本格子)を表している。MCなら、単斜晶系で底面心格子の相となる。なお、OSのSはsuperstructureから来ているようだ。HPはHexagonal Primitiveの意味であって、高圧相の意味ではないので注意が必要。PO-nのPOはpseudo-orthorhombic (擬直方晶系)の略である。これは見かけ上、軸間の角度が90ºであるが、実際の対称性は直方晶系よりも低いことで、PO-10の場合は構造解析の結果により三斜晶系であると分かっている。nはc軸の長さが最高温相である六方晶系HP相のc軸のn倍であることを示しており、n =2, 5, 6, 10が知られているが、今のところ、結晶構造解析がされているのはPO-10だけである。PO-nは地球上の岩石で見つかる。なお、n=1のPO-1を挙げる文献もあるが、PO-1をOP(高温相)とするもの、MX-1と同じとするもの、MX-1が65 ºCで転移してできた相とするものががあり、さらに混乱する。MX-1はbeta角が90度からずれているので、PO-1と同じとするのは適当ではないと私は思う。MX-1のMは単斜晶系から来ていると思われるが、Xの由来はよく分からない。また、PO-10のように見かけ上は直方晶系だが実際は三斜晶系であり、単斜晶系でもいくつかの相があるので、単に直方晶系(orthorhombic tridymite)、単斜晶系(monoclinic tridymite)と記載するのも問題があるが、これもよく論文で見かける。多くの場合、直方晶系はPO-n, 単斜晶系はMCを示しているようであるが、MX-1も単斜晶系であり、これらの名前の使用もやめるべきである。
  • 合成物や隕石、月の石ではMCが見つかっている。トリディマイトは結構合成するのが難しくて、不純物など入れると合成しやすいが、それが転移温度や生じる高温相が試料で異なる原因となっているようだ。そして合成すると普通できるのはMCである。ただし、高温から0 ºC以下に急冷した場合には、MX-1が生じる(実際にはMX-1とMCとの混合物)とされている。ただ、私の経験では0 ºC以下にしなくても、室温への急冷でも、ある程度はMX-1ができる。また、MX-1はMCを粉砕するなどで生じることが知られている。粉末X線回折のためにMCを粉砕するとMX-1が増える。私の経験でも、合成したペレットをラマン分光で測定すると主にMCが観察されたが、粉砕して粉末回折X線回折測定をしたところ、MX-1が多くなったことがあった。これが初期の混乱の1つの原因である。PO-nの生成条件はまだよく分かってないようだ。MCを加熱すると、110 ºCでOP相に、150 ºCでOS, 190 ºCでOC, 380 ºCでHPへと転移する。なお、転移温度は不純物等でかなり変動するようであり、ここに書いた温度は大体の目安であり、報告により結構異なる。さらにOSは珪石レンガに生成した試料では出ないとされている。冷却した場合は、転移のヒステリシスはあまりないが、最後にOPからMCへなるところはヒステリシスが大きいことが知られている。OPが一部室温まで保存されるという報告もある(Graetsch, 1998)。なお、これらの温度領域で本当に安定な相は石英であるが、石英への転移は非常に遅く、このような準安定な状態での転移が容易に実現される。また、MX-1を加熱した場合の転移は、MX-1から65 ºCでH6-Toへ、110 ºCでH5-Toに転移する(Graetsch, 1998)。その後はOS, OC, HPと転移し、これはMCと全く同じである。H6-To, H5-Toについては貫井・中沢 (1980)ではH6-ToがPO-1となっており、H5-Toについてはこの論文の後で提案されているので対応する名前がない。また、Graetsch (1998)では、Graetsch and Florke (1991)のH5-ToがH6-Toへと変更されているので注意が必要。PO-10を加熱した時は、MCとほぼ同じだが、OPが出ないで、直接OSになるらしい(Graetsch and Florke, 1991)。なお、密度的にはPO-10がわずかだが、最も大きく、常温の本当の安定相はPO-10である可能性が高い。さらに、MCに室温で静水圧をかけると、0.5 GPaでPO-10へ転移するという報告もある(Nukui, A. and Nakazawa, H. (1980)。したがって、隕石中のMCが比較的軽い衝突イベントを受けることで、PO-10が出来る可能性がありそうである。圧力による転移は今後私も高圧その場ラマン分光法を使って調べる予定である。私が最近多形のラマンスペクトルを整理したので(論文を投稿中)、MCからPO-10の転移の場合は、ラマンですぐ分かるようになった。
  • 火星表面を探査していたCuriosityが堆積岩からトリディマイトを見つけた (Morris, R.V. et al., 2016)。これは粉末X線回折による同定であり、Rietveld法を使って定量分析しているが、MCを仮定している。他の鉱物も混ざっており、多形を区別するだけの質の回折パターンが取れているようには論文の図からは見えない。しかも、このトリディマイトについて地球と同じ酸性火山起源説を提案しているので、地球と似た火山活動ならPO-10であると予想する方が自然だと思う。なお、地球の火山岩からもまれだが、MCは見つかっている。また、この粉末試料はドリルで削ったものなので、元がMCならば、削ったことでMX-1に転移している可能性も考えられる。さらに、火山性起源であっても、見つかったのは堆積岩なので、堆積岩になる間に何らかの相変化が生じた可能性も残る。このようなトリディマイトを多く含む堆積岩は地球では見つかっておらず、謎が多い。
  • 石英やクリストバライトでは低温相、高温相の意味で、alpha, beta相の表現をよく使うが、トリディマイトの場合にはどちらにも複数の多形があるので、alpha, betaで表すのは適切ではないが、過去には時折使われてきた。過去の文献のトリディマイトのalpha, beta相はしばしば別の相を示しており、例えばWikipedia (英語版)のtridymiteの記載では、高温相のOCがalpha相となっている。alpha相は低温相を意味するので、これは明らかにおかしい。普通に考えれば、PO-nかMCを指すべきであろう。私の読んだ文献では、天然火山岩に出る常温相のPO-10をalpha相としている場合が多いようだ。beta相はHP多形を示す場合がほとんどである。しかし、このような状態なので、もはやalpha, betaは使うべきでない。ついでに言うと、Wikipedia (英語版)に載っている高温相のLHPについても、まだ研究者に認められているとは言えない。最近高温ラマンその場観察を行なったが、LHP/HP転移相当の温度でラマンスペクトルの変化を見つけたが、OC/LHPに対応するはずの変化は見られず、私は自分の実験結果からは、LHPについては今の所否定的な解釈をしている。もう1つ混乱するのが、Hill and Roy (1958)がトリディマイトをMとSの2つに分けたが、これは大まかにはMがorthorhomibicな相(PO-10)に、Sがmonoclinicな相(MC)に対応するようであるが、文献によってはかならずしもそうでない場合がある。
  • 常温常圧でも少なくとも3つのトリディマイト多形(MC, MX-1, PO-n)が出現するので、どの多形であるか区別する必要があるが、試料が少ないとか、貴重な試料で非破壊で分析したい場合には困る。その点、顕微ラマン分光法は試料が小さくてもよく、前処理がほぼ不要で、非破壊で測定することができる。集光したレーザーでダメージ受ける可能性もトリディマイトの場合はほぼない。MCの場合のように粉砕などするとMX-1になる場合には特に有効である。しかし、私の知る限り、それらの多形のラマンスペクトルをまとめた文献がなかった。ラマンスペクトルが個々に載っている論文でも、alpha相と書かれていたり、どの多形と対応するか記載が十分でないことが多かった。これでは非専門家には多形の区別が難しい。そこで、天然と合成の試料からMC, MX-1, PO-10のラマンスペクトルについて測定を行なって、その結果を論文として投稿中なので(Kanzaki, JMPS, 2019)、今後はそれを見て頂ければ、常温で出現するこれらの3つについては簡単に区別できるはずである。そのスペクトルはラマン分光のページにも示しているが、このページにも下に示しておく。それを使って過去の文献を調べてみると、隕石でもPO-10が出る場合があるようであり、今後PO-10の生成条件を明らかにする必要がある。なお、PO-nの10以外のラマンスペクトルはまだ測定できていない。天然試料を集めてラマン測定と粉末X線回折測定をしているが、今のところPO-10ばかりである。
tridymite_modifications_RT.jpeg
  • 室温で出現するトリディマイト多形 (MC, MX-1, PO-10)のラマンスペクトル。MC, MX-1は合成試料。MCには少しMX-1が混ざっている。PO-10は天然試料。PO-10の2つのスペクトルがかなり異なって見えるのは、方位が異なるため各ピークの相対強度が変わるため。これらをまとめた論文がもうすぐ出版される。

文献:

  • Graetsch, H. (1998) Characterization of the high-temperature modifications of incommensurate tridymite L3-To (MX-1) from 25 to 250 ºC, American Mineralogist, 83, 872–880.
  • Graetsch, H. and O. W. Flörke (1991) X-ray powder diffraction patterns and phase relationship of tridymite modifications, Zeitschrift für Kristallographie, 196, 31–48.
  • Heaney, P.J. (1994) Structure and chemistry of the low-pressure silica polymorphs. In Silica: physical behavior, geochemistry, and materials applications (Heaney, P.J., Prewitt, C.T. and Gibbs, G.V. Ed.) Reviews in Mineralogy 29, Mineralogical Society of America, Washington D.C., 1–40.
  • Kanzaki, M, (2019) Raman spectra of tridymite modifications: MC, MX-1 and PO-10, Journal of Mineralogical and Petrological Sciences, 114, in press.
  • Morris, R.V. et al. (2016) Tridymite evidence for silicic volcanism on Mars, Proceedings of the National Academy of Sciences, 113, 7071–7076.
  • 貫井・中沢 (1980) トリジマイトの多像関係, 鉱物学雑誌, 14, 特別号第2号, 364–386.(これはダウンロードできる)

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Last-modified: 2019-04-17 (水) 09:20:40 (153d)