テラヘルツ(低周波数領域)顕微ラマン分光法 (2015年8月11日作成/2016年6月10日大幅書き換え/2017年4月9日追加)

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前書き

  • 低周波数(< 100 cm-1)領域(テラヘルツ領域ともいう)のラマン散乱は、広く普及しているシングルモノクロメータベースのラマン分光装置では測定が困難であった。低周波数領域には、中距離構造やそのダイナミクスに関連する情報が得られるのだが、最近この領域はあまり測定されない状況となっていた。しかし数年前にOndax社が5 cm-1くらいまで測定できるノッチフィルター(Sureblock)を販売し始めてから、状況が一変した。我々のところでもそのフィルターを入手して既存のラマンシステム(顕微ラマン分光法参照)に組み込んで使っている。その使用状況などを書いておく。Sureblockフィルターを装着した市販ラマン分光装置やアダプタも既に出ているが、このような新しい技術を少しの改造で利用できるのが、自作装置のいいところだ。なお、この研究は現在頂いている科研費でサポートされている。

Sureblockの取り付けと測定テスト

  • 我々のところで使っているのは488 nm用のもので、アルゴンイオンレーザー(488 nm励起)で使用している。1枚でOD4くらいなので、2枚入手して使っている。レーザー波長以外での透過率は60%程度と悪いので、2枚使うとかなり強度が落ちる。Semrockのフィルターだと90%は透過する。また、フィルターの値段は普通のラマンフィルターより1桁高い。
  • この手のフィルターは、ラマン散乱光をコリメートしている部分(平行光)に入れる必要がある。我々のラマンシステム(顕微ラマン分光法参照)は手作りなので、コリメートしている部分には十分余裕があり、このフィルターを2個導入することには何ら問題がなかった。なお、フィルターは光軸に対して3度程度傾けて、調整する必要があるので、我々のところではソーラボ社のキネマティックマウント(KC1/M)を使って、フィルターを固定、傾けている(下図参照)。最大5度まで傾けられ、角度の微調も可能である。2枚を逆方向に傾けて、なるべく光軸がセンターからずれないようにしている。昔、Supernotchフィルターがそのような感じで使われていたので、同じような使い方になる。実は我々も一番最初はSupernotchを使っていて、その後Semrockのフィルターにしたが、場所的にはSupernotchを2枚入れていたところがちょうど空いているので、そこを使っている。
    sureblock.png
  • 我々のところでは、通常の周波数領域(>100 cm-1)のラマン測定では、Semrock社のRazoredgeフィルターを使っている。そのフィルターを取り外して、Sureblockを2枚取り付ける。グレーティングを0 cm-1がセンターに来るように回転し、レーザーラインを観察する。レーザー強度が最低となるように、2つのキネマティックマウントのネジを調整する。これだけで、特に大した苦労もなく、低周波数領域の測定ができるようになった。ノッチフィルターであるので、アンチストークス側も同時に測定できる。
  • 我々の場合はアルゴンレーザーを使っている関係で、プラズマラインが入ってくる。そのため通常は488 nm用のレーザーラインフィルターをレーザーの前に置いて、プラズマラインをカットしている(波長校正時には外す)。これはSemrockのRazoredgeを使ってラマン散乱を観察する時には何も問題がないが、Sureblockの場合はあまりにレーザーラインの近くまで測定できるので、レーザーラインに近いプラズマラインの1つがレーザーラインフィルター(ストークス側)でカットできなくて、以下のスペクトルでも目立っている。アンチストークス側には対応するピークがないため、ラマンピークと見誤ることはないが、邪魔となることが多い。

測定例(以下、測定したスペクトルを幾つか示す)

  • 測定条件は488 nmアルゴンレーザー、60 mW程度のレーザーパワー、1800 g/mmのグレーティング、焦点距離50 cmのイメージングモノクロメータ。ミツトヨのx50超長作動距離対物レンズ使用。後方散乱配置。レーザー自体は偏光しているが、検出側は偏光フィルターなしで測定。なお、試料がどの程度レーザー光を反射するかで、0 cm-1のレーザー部分の高さは非常に変化する。
  • まず硫黄結晶の顕微ラマンスペクトルから。硫黄はラマン強度が強く、低周波数にピークが1つあるので測定スペクトルがONDAX社の資料等によく掲載されている。確かに低周波数の27 cm-1のピークがストークス側およびアンチストークス側で観察できている。これを見ると10 cm-1くらいまで使えそう。ストークス側とアンチストークス側を比べてみると、1つだけストークス側に対応しないピークがある。これはプラズマラインである(アルゴンイオンレーザーを使っているため)。
    sulfur-ONDAX.png
  • リビアンガラスの測定例を次に示す。リビアンガラスは、衝突により地表の物質が熔けて、急冷されてできたガラスである。起源はどうであれ、ガラスではあるので、ボソンピークが存在する。従来、ボソンピークの観察にはトリプルモノクロメータのラマンシステムが必要であった。
    libyan_glass.png
  • hexacelsian (BaAl2Si2O8)の測定例:低周波数(22 cm-1)にピークを見つけた。論文を検索すると既に知られているピークであった。この例のようにレーザー光からの反射が強いと、レーザー自体のピーク、プラズマラインが非常に強くて、またアンチストークス側の10 cm-1付近にいくつかレーザー起源と思われるピークが見えてくる。
    hexacelsian.png
  • ソフトモード測定例:温度による相転移がある系で低周波数領域を測定してみた。アンチストークス側を拡大している。以前ハードモードの方から高次の転移があることは確認済み。下の図はアンチストークス側を拡大したもの。測定時間が比較的短かったので質が良くないが、2つピークがあり、温度を上げていくと1つのピークが急激に低周波数側にシフトして、最後消えた。もう1つのピークは残っている。475 Cのスペクトルは3つあり、1つでは消失している。このピークがソフトモードのようだ。
Raman-soft-mode.png

Noiseblockフィルターの取り付けと測定テスト

  • これまではレーザーは普通のビームスプリッターで対物レンズへ送り、ラマン散乱光を同じビームスプリッターで分光器側に送っていた(下図の左)。しかし、通常のビームスプリッターではレーザー光は半分無駄になり、ラマン散乱光も半分無駄になる(透過率が50%なので)。そもそもSureblock自体の透過率も悪いので、Semrock社のフィルターを使った時よりも1桁感度が悪くなる。しかしSemrockのダイクロイックミラーは低周波数領域では使えない。そこでONDAX社の488 nm用Noiseblock ASEフィルターを導入した。これはダイクロイックミラー的に働き、レーザービーム波長付近のみを反射して、それ以外は透過させる。ただし問題は入射角度が10度くらいなので、下図の右に示したように光軸からずらした位置に置いた小さいミラーでビームを上に跳ね上げて、この入射角度を実現する。これが結構厄介なので、やっと手をつけたところ。なお、この図では照明、カメラ、共焦点用の光学系は省略している。
    newsystem.png
  • 次に示すのがNoiseblock ASEフィルターで、Sureblockと同じフォルダーに入っている。これを10度くらい光軸から傾けないといけないので、ソーラボのキネマティックマウントの1つで10度以上傾けられるものを使った。
  • この改造後に測定したcoesiteのスペクトル(中央部分を拡大)を示す。20 mWで10秒の測定。この改造で少しは強度が増加した。また、確かにレーザー波長付近しか反射しないので、Arレーザーからのプラズマラインがほぼ見えなくなった。
    coesite-ASE.png

今後の予定

  • これを使っての研究…

付記

  • references:
    • Ondaxフィルターに関する論文:C. Moser & F. Havermeyer, "Ultra-narrow-band tunable laserline notch filter", Appl. Phys. B(2009) 95:597-601 (DOI 10.1007/s00340-009-3447-6)
    • Ondaxフィルターを使ったマイクロラマンシステム:S. Lebedkin et al., "A low-wavenumber-extended confocal Raman microscope with very high laser excitation line discrimination", Rev. Scientific Instruments, 82, 013705 (2011) (doi: 10.1063/1.3520137)
  • 1 THzは33 cm-1に相当。
  • 我々のところではSureblockフィルターを数ヶ月以上付けっぱなしにしているが、特に経時変化は見られていない。Ondax社の資料でも温度等での変化はないと書かれている。
  • 「分光研究」2016年Vol.65,No.1,53-54に冨永靖徳先生の「振動分光スペクトルの横軸について(提言)」が載っている。現在、低周波数ラマン分光を始めたところであり、その提言は至極もっともだと思うので、波数、wavenumberと書くのをやめて周波数, frequencyを使うようにしようと思う。
  • 2016年の地球惑星連学学会(JpGU)でこの関係の発表をしました。アブストラクト(pdf)はここから得られます(鉱物物理セッションの他アブストラクトも含まれる)。
  • 2017年の地球惑星連学学会(JpGU)(5/21)でも、この装置を使った低周波数領域における研究の発表を行う予定です。

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Last-modified: 2017-02-17 (金) 17:12:00 (279d)